日本の近代化を支えた筑豊・中間の大正鉱業・中鶴坑の風景。
筑豊炭田の一角を担った中間町に、伊藤伝右衛門が大正鉱業を設立、中鶴坑は明治末に創業を開始した。同第一坑は、この絵葉書の直後に大水害を経験するも戦後の昭和25年まで存続した。
●中鶴第一鉱・労務者社宅(昭和14年)

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TSK001■中鶴第一鉱・選炭所と積込ポケット(昭和14年) TSK002■中鶴第一鉱・健康の家(昭和14年)
TSK003■中鶴第一鉱・事務所(昭和14年) TSK004■中鶴第一鉱・撞球場(昭和14年)
TSK005■中鶴第一鉱・購買会の一部(昭和14年) TSK006■中鶴第一鉱・剣道部(昭和14年)
TSK007■中鶴第一鉱・25米プール(昭和14年) TSK008■中鶴第一鉱・労務者社宅(昭和14年)

TSK009■中鶴第一鉱・中鶴記念館(昭和14年)

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