福岡医科大学(現九州大学医学部)とともに発展した馬出地区
 今では想像できないが、明治後期まで福岡市は熊本や長崎など九州の他都市より数段格下であった。北九州市が官営八幡製鉄所の誘致で飛躍したのに対し、福岡市は医科大学の誘致合戦に勝利して飛躍の基礎とする。明治36年、待望の福岡医科大学(明治44年1月1日より九州帝国大学)が開設され馬出地区の都市化も始まった。絵葉書を見ると、明治末から大正期は同地区および隣接する東公園一帯は、博多名所として数多く登場する。絵葉書の種類は、明治43年に開通した市内電車沿線と旅館などが建ち並んだ大学前通りおよび大学医学部内の光景が大半であるが、博多座や福岡市動植物園など馬出地区にあった名勝も絵葉書となっている。大学医学部構内では絵葉書に映っている旧建築物の建て替えが進み、次々に歴史ある建築物が姿を消している。大学病院入口の守衛所が設立時からの面影を伝えてくれる。市内電車の東車庫があった場所は現在道路拡張され、往時を知るのも困難となっているが、福岡市内電車の唯一の痕跡が馬出電停跡である。現在もバス停として活用されていて、専用軌道だった同地区の名残となっている。


医科大学前通り(明治40年頃)

KMD001■大学前通(明治40年頃) KMD002■医科大学前通り(明治40年頃)
KMD003■馬出小学校校舎(昭和初期) KMD004■株式会社博多座内面(明治43年11月22日)
KMD005■九州帝国大学医科大学病院正門(明治末) KMD006■福岡医科大学(明治40年頃)
KMD007■福岡医科大学正門(明治43年) KMD008■福岡医科大学構内発電所(明治末)
KMD009■九州帝国大学医学部(大正10年頃 KMD010■九州帝国大学医学部(大正10年頃
KMD011■医科大学病院玄関前(明治40年頃 KMD012■九州帝国大学医科大学教室(大正初期
KMD013■福岡医科大学正面(明治40年頃 KMD014■医科大学精神病病院(明治末
KMD015■九州帝国大学附属病院(明治末 KMD016■九大医学部(昭和初期)
KMD017■九州帝国大学医科大学(大正12年頃 KMD018■福岡医科大学正門(明治40年頃
KMD019■福岡医科大学ノ玄関(明治40年頃 KMD020■福岡医科大学ノ一部(明治40年頃
KMD021■福岡医科大学各先生(明治40年頃 KMD022■福岡医科大学外科手術室(明治40年頃
KMD023■福岡医科大学薬局(明治40年頃 KMD024■医学部火災(大正14年)大正14年8月30日の火災
KMD025■大森博士銅像(明治40年頃)戦時下の金属回収で供出 KMD026■内科臨床講義(明治40年頃
KMD027■九州帝国大学医学部(昭和10年頃 KMD028■九州帝国大学医学部(昭和10年頃
KMD029■九州帝国大学医学部(昭和11年)25周年記念絵葉書 KMD030■九州大学医学部附属病院第一外科(昭和30年頃
KMD031■九州大学医学部附属病院産科婦人科(昭和30年頃 KMD032■九州大学医学部附属病院小児科(昭和30年頃
KMD033■九州大学医学部附属病院法医教室(昭和30年頃 KMD034■附属図書館(昭和11年)※法学部キャンパス内
KMD035■九州大学医学部附属病院放射線科(昭和30年頃 KMD036■九州大学医学部附属病院事務室(昭和30年頃
KMD037■九州大学医学部附属病院中央講堂(昭和30年頃 KMD038■九州大学医学部附属病院耳鼻咽喉科(昭和30年頃

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