現在は福岡市南区野多目へ移った福翔高校の堅粕・東光校舎時代
福翔高校は以前は福岡商業高校という名だった。昭和5年から昭和38年に野多目へ移転するまでは博多区東比恵2丁目、現在は私立東福岡高校の場所であった。もうすぐ建て替えとなる現・東福岡高校の本館として使用されている建物が、以下の写真の校舎である(竣工時)。この建物は福岡の近代史・戦後の福岡の発展に欠かせないエピソードが遺る。昭和19年、太平洋戦争が泥沼の様相となる中で本土決戦に備えて福岡に軍の新空港建設計画が持ち上がる。広大な穀倉地帯に「席田(むしろだ)飛行場」の建設が決定し、田畑の所有者に軍から呼び出し通知が届く。一方的に一週間以内の立ち退き指令が下った場所が、この旧福岡商業の建物だった。農業を営む地権者は田畑を取り上げられ、職と家を失う。福岡市内の勤労児童の奉仕で突貫工事で完成した飛行場は、本格的な使用を前に終戦を迎え、占領軍(GHQ)はこの飛行場を「板付飛行場」と名付け、朝鮮戦争の前線基地となった。現在、世界一便利な飛行場である福岡空港の歴史は、この地から始まった。
●福岡商業学校(昭和5年)現在の東福岡高校校舎として現存も、もうすぐ取り壊し予定。

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TSK001■福岡商業学校(昭和5年)堅粕校舎時代 TSK002■福岡商業学校(昭和5年)堅粕校舎時代
TSK003■福岡商業学校(昭和5年)堅粕校舎時代 TSK004■福岡商業学校(昭和5年)講堂
TSK005■福岡商業学校玄関(大正中期)堅粕・千代松原校舎時代 TSK006■福岡商業学校図書館(大正中期)堅粕・千代松原校舎時代
TSK007■福岡商業学校実験室(大正中期)堅粕・千代松原校舎時代

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