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冷泉地区の旧町名地図。昭和34年、旧博多駅(2代目)の移転が決まった直後の都市図のため、移転後の都市計画道路も薄く記載されている。校区を囲むように市内電車が通り、旧博多駅を降りて左手角には駅弁当の「寿軒」の赤煉瓦館があった。狭い冷泉校区には最盛期の昭和32年に映画館が20館(うち17館は東中洲)あったが、現在は中洲大洋劇場ただ1館(昭和21年4月開業)である。デパートも呉服町角の大丸(昭和50年11月天神へ移転)、中洲の玉屋(平成11年廃業)、瓦町の渕上(のちユニード)と3つを数えたが、博多駅の移転(昭和38年12月、南東へ約600m移動)により大きく人の流れが変化。川端商店街をはじめ、軒を連ねる多くの商店は若い住み込み従業員を雇い、町の人口が最も多く活気のあった頃の地図である。当時7つほどあった銭湯も冷泉町の「大春湯」のみとなった。
※記念誌に掲載の「思い出地図」は寿軒やブラジレイロ、山本旅館、中洲大洋などに提供いただいた当時の写真などを配置し解説を交えて構成しています。サイト構成にあたり、自治連合会所有の写真のみ掲載することとし、内容を変更して掲載しています。
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