博多・冷泉地区(旧冷泉小学校区)まちづくり戦後史 1945〜2007


福岡大空襲と終戦
福岡進駐と接収統制
戦後復興計画
商店街・歓楽街の復興
町世話人制度
博多祇園山笠と地域住民
博多松ばやし・おくんちと住民
昭和30年代のにぎわい
町界町名改正・流存続の危機
自治連合会の発足
博多駅の移転
店屋町界隈の変化
市内電車の廃止と地下鉄登場
櫛田神社と冷泉地区
地域教育
冷泉小学校の統廃合
地域の活動(運動会・成人式etc)
昭和から平成へ
町世話人制度廃止と自治協発足
地域の課題と未来


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博多・冷泉地区の戦後と自治連合会40年のあゆみ
冷泉小学校の統廃合
百二十五年の歴史と新たな歴史の第一歩。

 明治六年、前身の小山小学校以来百二十五年の永きにわたり、地域の児童教育を担ってきた冷泉小学校であったが、校区人口流出に伴う少子化により、博多部の他の三校とともに平成十年三月三十一日をもって閉校。新たに翌四月一日に博多小学校が開設された。
 博多総鎮守・櫛田神社に隣接し、地域の親子三世代、四世代が通った歴史と伝統を誇る小学校であっただけに、冷泉地区でも大きな統合反対運動となったが、最後はより良い環境で学ぶ児童のためにとの断腸の思いで統合に了承したことは、地域住民共通の寂しさであった。
 自治連合会も設立直後から小学校の設備充実のための助成金を捻出し、行事への支援や参加を通して学校教育に全面的に協力してきた経緯がある。学校教育に理解を示し、通学路の安全確保をはじめ、日常生活における児童見守りも大切な地域の勤めであり、その中で多くの優秀な児童が巣立っていった。
↑学童交通安全パレード(昭和37年10月)

 昭和四十五年に発行された五十周年記念誌は、冷泉小学校になって五十年の記念誌であるが、その中には地域の昔の記録、郷土の偉人に関する記述まで多彩な内容となっており、地域が一体となって編纂にも協力している。創立百二十周年目の平成五年には、充実した記念誌の発行や盛大な記念式典の実施にも地域あげて協力、その感謝の意は百二十周年記念誌に記されている。
 当時はちょうど自治連合会三十周年を迎える時期であったが、地域は統合問題一色となり周年行事も全てお蔵入りとなっている。
↑学童の清掃奉仕活動・旧博多駅前(昭和21年)

 新たに誕生した博多小学校も2007年が十年目である。当初は冷泉小学校の旧校舎が博多小学校として活用され、多くの児童の笑い声が聞こえてきて、往時の雰囲気が戻ったようであったが、奈良屋小学校跡地に新校舎が完成すると旧冷泉小学校跡地は空き屋となり、跡地活用に関して幾度となくワークショップや意見交換が行われた。現在に至るまで本格的な跡地利用は決定されていないが、平成十六年には福祉施設「JOYひこばえ」が開館し、平成十八年四月には櫛田神社側にあった冷泉公民館が消防署側に新築されて移転となった。
 校舎や施設は今も地域住民の活動に利用されており、地域発展のために早期の跡地利用計画決定は住民皆が望むところである。




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