博多・冷泉地区(旧冷泉小学校区)まちづくり戦後史 1945〜2007


福岡大空襲と終戦
福岡進駐と接収統制
戦後復興計画
商店街・歓楽街の復興
町世話人制度
博多祇園山笠と地域住民
博多松ばやし・おくんちと住民
昭和30年代のにぎわい
町界町名改正・流存続の危機
自治連合会の発足
博多駅の移転
店屋町界隈の変化
市内電車の廃止と地下鉄登場
櫛田神社と冷泉地区
地域教育
冷泉小学校の統廃合
地域の活動(運動会・成人式etc)
昭和から平成へ
町世話人制度廃止と自治協発足
地域の課題と未来


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博多・冷泉地区の戦後と自治連合会40年のあゆみ
社会教育(ボーイスカウト・ガールスカウト)
社会奉仕、誠実心や勇気を学ぶ地域の誇り。

 冷泉小学校を拠点に活動を続けてきたボーイスカウト福岡第一団は、昭和二十三年六月に戦後復活第一回福岡地区指導者講習会が行われ、篠崎秀夫先生が受講し、同年九月に冷泉小学校六年生の男子児童を募集したことに始まった。翌二十四年二月二十四日に福岡地区第一号の承認を受け正式に発足した。
 心身の鍛錬を行い、健康、社会奉仕、誠実、勇気や国際愛などのボーイスカウト精神を学ぶ場であり、キャンプやゲーム、登山などを通じて冷泉地区の児童・生徒は活動を活発化していった。
↑ボーイスカウトも参加した冷泉地区子供会の臨海学校(昭和40年)

 二十周年記念誌には当時の記録として、女子児童からガールスカウトは作らないのかと不満が出たとあり、終戦後間もない復興期であり、社会奉仕や団体活動に皆が興味を示した時代でもあった。
 設立時よりバザー販売や交通整理コンクール出場、ハイキングや訓練キャンプなどが積極的に展開されている。それらの活動を当初から支援したのは地域住民であった。
 中でも原一郎氏、川原俊夫氏らが昭和三十三年にクラブ室完成に尽力したのを始め、昭和三十五年には井上吉左衛門氏が鼓隊の大太鼓、小太鼓などを寄贈するなど、地域の支援を受けてボーイスカウト活動は順調に進歩していき、参加した地域の児童・生徒は熱心に活動に参加した。
↑クラブ室(昭和29年)

 福岡地域内の活動にとどまらず、二十五年には早くも全国大会(新宿御苑)に参加、二十八年には磯野和夫君が福岡県代表として全米ジャンボリーに参加するなど、飛躍していった。
 昭和四十三年には創立二十周年を、昭和五十三年には三十周年を、地域をあげて祝っている。
 一方のガールスカウトは、昭和四十五年十二月十三日に福岡第二十二団として発団式を行い正式発足している。ガールスカウトは現在も冷泉公民館を拠点に活動し、地域行事の奉仕活動を行っている。
↑ボーイスカウト鼓笛隊パレード(昭和36年)
↑ガールスカウト文化祭参加(平成14年)




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