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その後、店屋町は福岡ファッションビルの開業により、再び中小の繊維問屋が町から流出する危機に遭遇する。前後して市内電車も廃止され、表通りから一気に人通りが減少する。呉服町角の博多大丸も天神へと移転、一帯は高層ビルが建ち並ぶオフィスビル街へと変化した。
戦前から一環して旧電車通り(明治通り)に店舗を構えていた書店の丸善も平成十六年四月に閉店し、軒を連ねていた都銀の支店は今は一軒も無く往時の面影は失われている。
店屋町界隈は平成に入る頃から次第に飲食店が増え、今では路面にある商店の大半が飲食関係である。町を構成する旧来からの住民は少なく、町内活動の維持や文化伝承にも苦慮する時代となっている。
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