商都博多と官庁街福岡を結ぶ西中洲と西大橋の景観。
 商都博多と城下町福岡を結ぶ西中洲(中洲を東中洲と呼ぶのに対して)は、明治43年の勧業共進会開催に合わせて新設された貫通線(電車通り=現在の明治通り)が明治41年に設置されて以降、急速に都市化の道を辿る。共進会の付帯施設である公会堂(現在の西中洲公会堂)もこの時に完成。共進会開催の前日に突貫工事で完成した電車軌道開通に合わせ、それまで中洲橋と呼ばれていた橋は「西大橋」と改名された。西中洲の水上公園は大正末に完成。昭和8年に西大橋は架け替えが行われている。西中洲のランドマークだった「旧大同生命ビル」の赤煉瓦建築は、現在のビル新築に伴いグリーンピア八女へ移築保存されている。下の写真右手にある物産陳列館の場所は現在は毎日会館になっている。


西中洲・西大橋遠景(大正中期)
東中洲側から撮影されたものだが、まだ東中洲の福助足袋広告塔や西中洲の水上公園はない。

F3101■天神橋の景(明治末) F3102■天神橋及西大橋(大正初期)右手は旧大同生命
F3103■西中洲公会堂(明治43年)共進会の施設として竣工 F3104■西中洲公会堂(明治43年)共進会の施設として竣工
F3105■那珂川の景(大正中期)天神橋の遠景 F3106■西中洲遠景(大正中期)
F3107■西中洲(大正10年頃) F3108■西中洲(大正10年頃)
F3109■大演習統監部(大正5年)陸軍特別大演習時 F3110■西中洲奉迎門(大正5年)陸軍特別大演習時
F3111■西大橋(大正末) F3112■西大橋(昭和初期)
F3113■西大橋(昭和10年頃)昭和9年橋の架け替え後 F3114■西大橋(昭和10年頃)昭和9年橋の架け替え後
F3115■西大橋と西中洲(昭和7年頃) F3116■西大橋(昭和12年頃)昭和9年橋の架け替え後
F3117■西大橋(昭和初期) F3118■西大橋(昭和20年代)戦後、川沿いを清流公園に整備
F3119■西大橋(昭和30年頃) F3120■西大橋(昭和30年代)
F3121■水上公園(昭和初期) F3122■西中洲水上閣(大正末)水上公園完成に合わせ開業
F3123■水上公園(昭和10年頃) F3124■水上公園(昭和初期)
F3125■水上公園(昭和初期) F3126■物産陳列館と天神橋(大正末)
F3127■博多商業会議所(大正13年)前年の火災後の新築記念 F3128■博多商業会議所(大正13年)前年の火災後の新築記念
F3129■博多商業会議所(大正13年)前年の火災後の新築記念 F3130■博多商業会議所(大正13年)前年の火災後の新築記念
F3131■博多商業会議所(大正13年)前年の火災後の新築記念 F3132■博多商業会議所(大正13年)前年の火災後の新築記念

※ここに掲載している絵葉書(印刷物)の画像データ提供等も相談に応じます。問い合わせはこちら
希望の方は問い合わせフォーム内容欄に希望品名を記入しお申し込みください。

※ここに掲載の絵葉書は、今までに収集した資料のうち原則として発行後50年を経過したものを中心に掲載しています。
万一、関係者の方で不都合が生じる場合は、管理者へご連絡ください。掲載を中止させていただきます。


当サイトで使用している画像・文章等の無断使用並びに無断転載はご遠慮ください。
Copyright 2007-2011(C) Map Communications Museum. All Rights Reserved.