市内電車の行き交う博多の中心として繁栄。
 明治以前から大店の並ぶ博多の中心地であったが、明治43年に市内電車が開通して以降、旧貫線(現・明治通り)と博多駅へ至る電車の中継点としてさらに繁栄する。戦後も博多大丸が進出するなど戦災からの復興を遂げたが、博多駅の移転(昭和38年)や市内電車の廃止に伴い大店や銀行が相次いで移転廃止され、現在はビジネス街となっている。



呉服町交差点(大正中期)


F0121■博多呉服町交差点(大正初期) F0122■呉服町交差点(大正初期)
F0123■博多呉服町(大正末) F0124■呉服町通り(明治末)
F0125■共進亭ホテル(大正末)旧片倉ビル F0126■共進亭ホテル(昭和初期)あのリンドバーグも宿泊
F0127■呉服町交差点(昭和初期) F0128■呉服町通り(昭和10年頃)
F0129■共進亭ホテル(昭和初期) F0130■東邦生命ビル(昭和28年頃)
博多大丸、帝国ホテルが入居、大丸移転後は博多寿屋が入居
F0131■共進亭ホテル(昭和10年頃)戦前博多の空撮、手前が呉服町交差点、上が博多駅方面 F0132■呉服町交差点(大正初期)

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