太宰府天満宮の門前町として発達したまち。
 明治末まで「旅行」といえば伊勢神宮などの神社への参拝・巡礼のことであった。明治期の名所案内は全て神社仏閣である。太宰府天満宮への参拝「宰府参り」も同様で、明治・大正期の太宰府の絵葉書はあくまで天満宮が中心である。それでも参道沿いの町並みは時代ごとに少しずつ異なり、その移り変わりも興味深い。戦時下での金属回収により撤去された銅鳥居(かねとりい)の姿も残る。天満宮内の文書館などの建物の配置も現在とは微妙に異なる。

天満宮銅鳥居(昭和10年頃)戦時下の金属回収により撤去

F3401■天満宮参道銅鳥居(大正初期)人力車 F3402■太宰府神社ノ鳥居(大正初期)
F3403■天満宮銅鳥居(昭和10年頃)人力車がタクシーに。 F3404■参道鳥居(昭和9年)
F3405■太宰府停車場(昭和10年頃) F3406■天満宮一の鳥居(昭和7年頃)
F3407■太宰府参道(昭和10年) F3408■太宰府停車場(昭和10年頃)電車も見える
F3409■太宰府全景(昭和初期) F3410■天満宮楼門(昭和初期)
F3411■太宰府神社梅園(大正末) F3412■天満宮東公園(昭和初期)
F3413■太宰府天満宮(大正中期) F3414■御神苑(大正末)
F3415■榎社(昭和初期)九州鉄道の線路が見える F3416■宝物殿(昭和初期)
F3417■砲台(大正末) F3418■本殿全景(大正末)
F3419■天満宮本殿(大正初期) F3420■梅苑(大正末)
F3421■天満宮東公園より宝満山遠望(昭和8年) F3422■梅苑(昭和8年)
F3423■榎社(昭和初期) F3424■観世音寺(昭和初期)梵鐘が本殿横にある
F3425■観世音寺(大正末)梵鐘が本殿横にある F3426■天満宮文書館(昭和初期)
F3427■榎社(昭和初期)九州鉄道開通後、すぐ脇を線路 F3428■榎社(大正末)鉄道開通前
F3429■水城跡(大正初期) F3430■太宰府戸上薬草園(大正初期)
F3431■都府楼跡(大正末) F3432■宝満山一の鳥居(大正初期)

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